2010年度大学入試
Posted in 教科「情報」入試 on 12月 3rd, 2009 by TASAKI – コメントは受け付けていません。ここ最近、若干ではありますが普通教科「情報」で受験できる大学が検索でヒットするようになっています。勤務校は千代田区にありますので、都内の大学を中心に私が見つけた範囲で挙げてみたいと思います。中には終了してしまったものもありますが、細かいことは言いっこなしということで。あと、本当の情報は実際に募集要項を入手して確認してください。
ここ最近、若干ではありますが普通教科「情報」で受験できる大学が検索でヒットするようになっています。勤務校は千代田区にありますので、都内の大学を中心に私が見つけた範囲で挙げてみたいと思います。中には終了してしまったものもありますが、細かいことは言いっこなしということで。あと、本当の情報は実際に募集要項を入手して確認してください。
今日、自宅に帰ると宅急便の小包が。
学習パターンの新冊子だ!SFC版は黒い表紙のようですが、新冊子は白い表紙です。
これは慶應義塾大学SFCの学習パターンプロジェクトチームによって編集されているもので、本来SFCの学生向けに配布されているものを一般の人向けにアレンジしたものだそうです。六本木ヒルズで開催されたSFC Open Research Forum 2009 (ORF2009)で配布されたのですが、予定があわず行けず。残念に思っていたら、Twitterで希望者に配布していただけるというアナウンスを知り、喜び勇んでお願いした次第。
読み始めると、なるほどSFC版ではSFCで繰り広げる学びに能動的に取り組む上でのアドバイスが書いてあるのですが、受け取った冊子には能動的な学び、創造的な学びの勧めが書いてありますね。
目次が学習の状況に応じて適した学習パターンが選べるように工夫されています。なんだか私が学生のころに指導教官から教わったものも結構あり、読んでいてなかなか懐かしいものを感じています。「まずはつかる」なんて、まさに学生時代にゼミの度に言われたことです。寝ても覚めても自分の専門の世界のことを探求しなければならない。懐かしいですね。
私は情報科の教員なので、学習パターンの冊子を読んで考えることは生徒のことです。つまり、能動的な学びを支援できる学習環境とは何か。教師は学びの空間を、授業をどのようにデザインしていくのかということは是非考えていきたいところです。教科「情報」の授業では、受動的な態度で授業に望まれては困る、もっとクリエイティブになってもらわなければ困るというシーンが結構あります。では、生徒にどう取り組んでほしいのか。期待する活動ができるようになるためにはどのように授業の流れを作っていけばよいのか。教員が授業を実施する上で考えることは多くあります。
また、最近本屋さんでもパターンランゲージ関係の本が目につくようになりましたので、学習パターンをきっかけにして自分自身がパターンランゲージについて学ぶのも良いかなぁ、などと思っています。
今回は5冊送ってくださいました。1冊は私が読む用に手元に置きますが、残りはパソコン教室の読み物コーナーに置いて生徒に勧めてみようと思います。
お忙しい中、冊子を送っていただいた慶應SFCの学習パターンプロジェクトチームの皆さまに感謝します。ありがとうございました!
http://www.aerotap.net/の話を今ニュースで見まして,ちょっと忘れないようにメモをします.
ウェブカメラに写っている人の手を追尾してスクリーンをタッチするジェスチャとして認識するシステム・・・とパッと見解釈したのですが,ポインティングデバイスとして使ってみるのもありだと思う一方で,ディジタル信号処理(特にこの場合は画像処理)の研究成果の一例として生徒に提示するのはどうだろうか.
音声認識や画像認識は,目に見える部分(体験できる部分)が結構あるので,演示して教員がわかる範囲(手として認識するためには,手以外のものを間違えて認識しないためにはどうしたら良いのかもちゃんとアルゴリズムとして実装されているんだよ,みたいな話とか)で解説すると,教科「情報」がアカデミックになっていきますね.
生徒が主体的に学ぶ、とはどのようなことを言うのだろうか。
高等学校「情報」では、生徒が主体的に授業に参加できるように授業が設計されることが望ましいのですが、私自身まだまだこのあたりはチャレンジしている最中というほかありません。
このあたりで困難を感じるのは、主体性をもつのは生徒自身なので、主体的に動こうとして苦労するのも生徒だということ。だからといって教員が指示を出しすぎると、教員が生徒をコントロールすることになって、本来の目的を損ねてしまう。うーん、難しい。しかし、経験を積み重ねて経験則を作っていくしかない。
経験則。
でもそれって、教員それぞれで言うことが違うでしょう。聞いても、なかなか理解できないっすよ。
教員が身につける経験則は、教授方法であったり、評価方法であったりでしょうか。これがそれぞれの教員独自の言葉でわーわー語られるものであれば、極端な話「口伝」でもって伝承されるしか無いでしょう。しかし、経験則を「パターン」という単位にまとめてしまって、パターンを実践するためのアイデアが言語で記述されていれば、誰でも読んで具体的な行動案を考え実践に移すことができます。このような知の記述・共有方法を「パターンランゲージ」というのだそうです。
この、パターンランゲージの考え方に基づいて、学生の学びを支援するための資料を慶應SFCがまとめて公表したのだそうです。題して、「学習パターン」。どこで知ったかというと、@ITの記事で知りました。
生徒が主体的に学習に取り組むための方法が、確かにパターンになっています。記述するフォーマットも形式化されているので、読み方を理解すれば事典のように使うことができます。単にパターン化されているだけではなく、関連しているパターンがリンクでつながってネットワーク化されています。
最近は「東大合格生のノートは必ず美しい」という本など、「学び」のノウハウが提供されて大いに話題を呼んでいますけれども、慶應SFCの「学習パターン」はそれを読んだ学生が自分の学習活動をデザインできるように記述されています。
これを生徒に読ませたいと思いますが、注意すべきことがひとつ、あります。
慶應SFCの授業は、学生にアウトプットを求める課題解決型のものが多いのだそうです。そんな慶應SFCでの学びをデザインすることを支援するための「学習パターン」なのだそうです。
だから、読ませる教員は、学習デザインで獲得した知を実践できるような授業を設計しないとなりません。そういう意味では、これからの授業を考える指針にもなるかもしれませんね。
ちょっと自分の「授業パターン」を考えるきっかけになるか、まずは自分で読んでみたいと思います。
筑波学院大学を後にして、「技術教育の研究」という授業を受けるために工学院大学へ。全国大会の懇親会で情報教育の熱い議論をすることも大変意義があることですが、この日の授業は「技術科における情報教育」がテーマです。タイミングがバッチリすぎです。未来の技術科教師達に見てもらって、技術科教育における情報教育、特に新学習指導要領において情報技術についてしっかり生徒に知ってもらうために何ができるのかを考えるきっかけになればいいなぁ。そんな思いで道具を抱えて新宿へ。道具も重いで。(なにそれ)
マジカル・スプーンの道具を抱えて移動。ちょっと怪しいが、気にしないことにする。
教室に入ると、やっぱり笑われる。そりゃそうだ、遅刻してきた上に何持ってきてるんだ、そうみんな思う。仕方ない。
前半の講義終了後、クラスメイトから「あの箱、何?」と質問が。お、来た来た!
計測と制御がよくわかる教材だよ!
と答えると、さすが工学部。「え、なになに?ロボット?」と0.1秒で質問が。早い。「スプーンで飛ばすんですか?」と情報教員なクラスメイトもさすが知ってらっしゃる。
ということで、休み時間を使ってマジカル・スプーンのデモをしました。ヘリウムガスが足りなくて飛ばなかったけれども、興味をもって見ていただけました。
クラスメイトの能城さんもこれが何者であるかを話し始め、ちょっとした盛り上がりに。どこかで買えるものなのか、研究会でこういうものが見られるのであれば参加したいが学生でも参加できるのか等一歩踏み込んだ反応もあり、とても有意義な時間ができました。技術科教育の研究を担当されている富澤 冨士雄氏にも見ていただけて、いい感触。
学生が教材・教具のネタを考えてプレゼンするという授業が翌日からはじまるので、翌日見たいという学生氏も。結局よき保管場所が見つからないので、しまうことに。とりあえず風船を膨らまさなくても機械だけを見せてプレゼンはできるので、風船なしで説明します。
え、説明?だって、話を聞きたいというクラスメイトがいらっしゃるのだもの。ちょっと準備をしておきます。
全国大会で話したときの大人な皆さんの反応とは違い、若い、エネルギッシュでパワフルな反応が得られたのはとても新鮮。濃い一日でした。
筑波学院大学で24日、第2回全国高等学校情報教育研究大会 兼 第2回関東都県高等学校情報教育研究会研究大会が開催されました。
午前中は文部科学省の永井視学官から、新学習指導要領における共通教科情報についてのお話を拝聴。
「普通教科」は「共通教科」へ呼び方が変わる。これはすべての学科共通で学ぶ教科という意味ということなので、すべての高校生に対して必要な教育ということでは「普通教科」と同じことを指すので、大きな影響はありません。
「社会と情報」の目標で強調されていたと思えたところは、「情報社会に積極的に参画する態度」というところ。
以下、たさきが聞きながら考えたこと:「参画」できるために必要なICTへの理解であったり活用能力であったりを養えるような授業内容を考えることになりますね。コンピュータを使えるということではなくて、コンピュータを何のために使うのかという目的が前に出てくるイメージ。新幹線の予約でもいいですし、プレゼンの資料の作成でもいいですが、前者はコンピュータだけではなく自宅であればインターネットプロバイダとの契約、LANの敷設も必要で、自分で設定できてはじめて切符の予約サイトに行くことができるけれども、JRのサイトを検索して見つける能力もないといけないし、ひょっとしたら旅行会社のサイトでホテルつきの「パック」のほうが安かったりするかもな、みたいな情報収集・取捨選択能力もないといけないよね、とかいろいろ出てくる。単に「参画」といっても1分考えただけでこれだけ身に着けることがある。後者だって、伝える相手は誰で、何を分かってもらえないといけなくて、そのためにスライドは何枚構成のそれぞれで何を話すの、文字だけではなくて図解もやろう、といった構造的に情報をとらえる能力と、一枚一枚のレイアウトはどうするのといった「情報デザイン」の素養、色はどう使うの、といった「色彩」に対する理解などなどがあって、意味深いものが作れるようになる。もはやパソコンを使うとかそんなことはどうでもよくて、今言ったことを学ぶ(けれども、手元にはパソコンがあるときもある)ことを主題にしないとならない。パソコンの使い方を主題にしてきた情報科教員は要チェック。そのような授業は変わらないといけない。
「情報の科学」の目標は、「情報社会の発展に主体的に寄与する能力」を育てることであって、コンピュータサイエンスをそのままやるのではない。
たさきが聞きながら考えたこと:仕組みを理解するって意外に重要かもしれない。非接触ICカードで乗り物に乗るときに”タッチ”に失敗することがあるけれども、仕組みが分かっていれば、財布にICカードを2枚入れたりはしないだろうし、ゆっくりタッチするようになるだろうし、ちょっとくらい浮かせてもOKだけど、その「ちょっと」がどのくらいかわかるし、まさかカードを叩きつけるように改札を通らんでもよいことは分かるだろう。でも、そんな受身のことだけでは「寄与」する態度は育たないので、習得した技術をみんなのために使ってもらう体験をしてほしいなぁ。そしたらやっぱり開発というのも出てくるよね。「開発」で止まっちゃうのがダメなんだよね、きっと。開発を通して社会(の範囲はどうあれ)に「寄与」するところ、そこまでいけばいいのだろうか。情報共有のための授業サイトを用意させるとか。たとえばそればブログだったら、データベースを理解する足がかりだよね。「ありがたや~」と思うものでハードルが高くないものについては、仕組みの勉強をさせながら用意させちゃえばいいんだよね。それこそコンピュータサイエンスをやるのであれば、「情報の科学」を終わった後に意欲ある生徒に対して選択科目を用意すればいいかな。コンピュータサイエンスを学ぶ場を提供すればいいかしら
「情報A」は消えたのではない。「情報の科学」と「社会と情報」の学習活動の中で「情報A」の考え方は織り込まれている。
たさきが思ったこと:これは新指導要領を読んだときに理解できていたことだったので、それがちゃんとしたところからのメッセージとして発信されたところが意味のあるところだろう。課題解決志向の教科なのだということを忘れると、座学で理論を注入してばかりということになりかねない。特に疲れて授業準備をする余裕が無くなったときに注意しなければ。注入するだけって楽なので、やっちゃうんだけれども、少なくしていかないと。
ほかにもいろいろありましたが、それは会場でお話を聞いた人のお楽しみ。
午後は、ポスターセッション(前半)の発表をしました。「マジカル・スプーンの説明書」と題して、信州大学の香山准教授と東陽テクニカの二上氏とともに発表させていただきました。打ち合わせは特にありませんでしたが、香山准教授は理念を、二上氏は技術的な特性を、私は授業での使い方を中心にお話できたかと思います。マジカルスプーンの実機を使って操作していただくこともありました。実際に見て大きなインパクトを受けた方も多かったのですが、それだけにそのインパクトを教室に持ち込む際に生徒が抱いた興味・関心をどうやって学習に活かすか、教師が学習の場を作っていくか、どのような展開が有効化、ということは考えないといけません。その具体例が少しでも提案できていればよかったなぁ、と思いますがいかがだったでしょうか。
昨日のポスターでお話できたことは、主に次の4点。
飛行船の準備や後片付けをしたり、いろいろな方と交流したりしている間に大学へ行く時間になってしまいました。というか、分科会聞いてないよーそれだけが心残りです。聞きたかった聞きたかった聞きたかったよー(じたばた)。ううう。(泣いても遅い)
そう、私は懇親会そっちのけで大学へ向かうのです。でも、その判断は正解でした。全国の皆さん、また来年お会いしましょう!
夏休みは工学院大学で授業を受けています.中学校の技術の教員免許状を取るためなのですが,そこでいろいろ考えます.
一連の授業の中で,模擬授業や教材研究の成果を発表する機会があります.学生諸氏(いわゆる普通の大学生)も,真剣に取り組みます.しかし,一緒に混ざって受けている現職教員という素顔をもつ受講生も真剣に取り組みます.
その結果,見えるもの.
大学生は,現職教員の「仕事」を目の当たりにします.これは勉強になるはずです.
現職教員同士は,お互いの「仕事」を見ることによって,刺激を受けます.これはものすごーく勉強になります.
特に私学の方と知り合えたのは貴重でした.情報科教育でつながるということに関して国立だの公立だの私学だの教員か学生かといったことは不要ではありますが,それでも私学の方々や現役の学生氏とはなかなか会う機会がもてませんでしたので,貴重な機会でした.
良い授業をしようという熱意が,教材研究の深さにつながる.その熱意は教員がもつものであって,そこに国立公立私学とか教諭とか主任教諭とかそんなタテマエやラベルというのは一切関係がないことは,仕事を見ればわかる.そりゃそうだよ,教職は専門職だもの,個人の意識次第で腕もついてくるってもの.そんな当たり前のことではありますが,改めて確認できた次第.
教員養成という見方でこれを眺めると,やはり現場に対するリアリティの追求が,講義の質を高めるという側面はあるだろう,という考えが生まれます.
教員養成という語は,大学における教員養成課程において大学生に対して一定の教育をすることを指すのだというのが一般の解釈ですが,実は現職教員になってからも勉強し続けなければ一人前の教員になれない(だって,専門職だから,経験積んで腕を磨くんだから)ことを考えると,教員養成という概念は求める限りいつまでも教員に対して問われていくことなのではないかと考えます.
たとえば,教科「情報」の守備範囲はとても広いです.学際的な性質をもつ教科ですから,教材研究も幅広くやる必要があります.つまり,大学を出たぐらいでの知識(つまり,特定の分野について詳しくなった程度)で全範囲を教えることなど到底できません.したがって,これから新しく学んで指導方法を開発していく分野が必ずあります.
そうしたら,自分が知らない分野のことについて良く知っている教員・専門家から,専門知識を授業へ活かすための方法論を学ぶというのはどうだろうと考えます.そのような場(大学生で言うところの教科教育法を学ぶ教室に相当する場所)を設定すると,情報科の教員の場合は,教える立場も教えられる立場両方経験することになるわけで,それがうまくいくと情報科の指導力向上の底上げになっていくのかな,と思っています.
大学における情報科の教員養成課程に対して,現場での経験を提供していく部分は十分にフォローされているでしょうか.なにぶん情報科の教員養成課程の数は400以上あります.でも,大学生に対して現場のリアリティを持ってもらうためには現場を良く知る人が何らかの形で関わっていくことは必要なことだと考えます.
そして,現職の教員に対しても,知らない分野の指導法を開拓するための場を設けることによって,「パソコンばっかり」だとか,「○○科に似た授業ばっかり」といった状況が解決されて,学際的で課題解決志向の教科作りが形になっていくのではないか.
そんなこんなで,教科「情報」の未来を創っていく上で何が必要か,みたいなことをうだうだ考えていました.
ということで,24日の全国高等学校情報教育研究大会はとても楽しみです(あれ宣伝?)
私もポスターセッションで(以下略.何言ってるの?何リンク張ってるの?)
新しい学習指導要領が出てしばらく経ちまして、高等学校の学習指導要領解説が着々と揃ってきています。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/1282000.htm
ちょくちょくチェックして、「情報」が出てくることを待っていますが、今日の段階ではまだですね。
で、解説を読むとき、私はどのような反応を示すのだろう。多分、「従来」との比較をするのかな。ここで、ちょっと思う。
「従来」と比較して良いことと悪いことがある。
「従来」と比較すべきことは、旧カリキュラムとの比較。結局、新カリでは何を教えるのだろうか。旧カリとの扱いと変わっているところがあるとすれば、それは何かということをはっきりさせること。
「従来」と比較すべきではないことは、これまで自分がやっていた授業との比較。今回の改訂は、情報科に限れば大きな変更である。多くの学校が設置していた「情報A」は無くなり、その内容は新科目の学習に織り込まれるわけだ。つまり、授業を作りなおすぐらいの気持ちで新カリに移行できるか。そのためには、これまでの常識と考えていたことははいったん捨てないと。
たとえば、現行のカリキュラムでもパソコンの使い方を教えるのが情報の授業ではないのだよ、という類のメッセージがこれまでもさまざまな形で発信されてきた。それを「今自分が得意なのはパソコンだから、それを教えればよいでしょう」という、「新しい教科」と正しく向き合わない態度が批判されていると考えると、次のカリキュラムでは形を変えて新カリキュラムと正しく向き合おうとしない教員が出てきた場合、それでは困るというメッセージが出てきてしまうのではないか。
さて、新しいカリキュラムの授業を、どう創ろうか。
そういう意味で、「解説」がどのように書かれてくるのかが楽しみだ。
忘れないうちにメモ.
全国大会では,私はポスターセッションの場所でマジカル・スプーンのデモをしつつ,授業で使う際の注意点を失敗事例を交えながらお話します.
今年は九州工業大学で開催されまして、私も発表させていただきました。
総会で、教員が参加しやすい工夫を、という声があった。
そう、学会参加費を自費で払ってまで関わりあいをもつのは、なぜ?というところ。
日本情報科教育学会の年会費は5000円。
受け取るメリットが多ければ良い買い物だし、メリットがなければ学会に寄付金を送っているようなものである。
情報の質と量が各地にある情報教育研究会と同じかそれ以下なら、わざわざ学会に参加しないだろう。もっとも、質と量を高めていくのは学会員みんなでやらないといけない部分だけれども。
これからの情報科教育学会が発展するためには、「メリット」を創ることは欠かせないだろう。毎月読み物を発行するだけでも違うと思う。