教員養成はイメージよりもリアリティ
夏休みは工学院大学で授業を受けています.中学校の技術の教員免許状を取るためなのですが,そこでいろいろ考えます.
一連の授業の中で,模擬授業や教材研究の成果を発表する機会があります.学生諸氏(いわゆる普通の大学生)も,真剣に取り組みます.しかし,一緒に混ざって受けている現職教員という素顔をもつ受講生も真剣に取り組みます.
その結果,見えるもの.
大学生は,現職教員の「仕事」を目の当たりにします.これは勉強になるはずです.
現職教員同士は,お互いの「仕事」を見ることによって,刺激を受けます.これはものすごーく勉強になります.
特に私学の方と知り合えたのは貴重でした.情報科教育でつながるということに関して国立だの公立だの私学だの教員か学生かといったことは不要ではありますが,それでも私学の方々や現役の学生氏とはなかなか会う機会がもてませんでしたので,貴重な機会でした.
良い授業をしようという熱意が,教材研究の深さにつながる.その熱意は教員がもつものであって,そこに国立公立私学とか教諭とか主任教諭とかそんなタテマエやラベルというのは一切関係がないことは,仕事を見ればわかる.そりゃそうだよ,教職は専門職だもの,個人の意識次第で腕もついてくるってもの.そんな当たり前のことではありますが,改めて確認できた次第.
教員養成という見方でこれを眺めると,やはり現場に対するリアリティの追求が,講義の質を高めるという側面はあるだろう,という考えが生まれます.
教員養成という語は,大学における教員養成課程において大学生に対して一定の教育をすることを指すのだというのが一般の解釈ですが,実は現職教員になってからも勉強し続けなければ一人前の教員になれない(だって,専門職だから,経験積んで腕を磨くんだから)ことを考えると,教員養成という概念は求める限りいつまでも教員に対して問われていくことなのではないかと考えます.
たとえば,教科「情報」の守備範囲はとても広いです.学際的な性質をもつ教科ですから,教材研究も幅広くやる必要があります.つまり,大学を出たぐらいでの知識(つまり,特定の分野について詳しくなった程度)で全範囲を教えることなど到底できません.したがって,これから新しく学んで指導方法を開発していく分野が必ずあります.
そうしたら,自分が知らない分野のことについて良く知っている教員・専門家から,専門知識を授業へ活かすための方法論を学ぶというのはどうだろうと考えます.そのような場(大学生で言うところの教科教育法を学ぶ教室に相当する場所)を設定すると,情報科の教員の場合は,教える立場も教えられる立場両方経験することになるわけで,それがうまくいくと情報科の指導力向上の底上げになっていくのかな,と思っています.
大学における情報科の教員養成課程に対して,現場での経験を提供していく部分は十分にフォローされているでしょうか.なにぶん情報科の教員養成課程の数は400以上あります.でも,大学生に対して現場のリアリティを持ってもらうためには現場を良く知る人が何らかの形で関わっていくことは必要なことだと考えます.
そして,現職の教員に対しても,知らない分野の指導法を開拓するための場を設けることによって,「パソコンばっかり」だとか,「○○科に似た授業ばっかり」といった状況が解決されて,学際的で課題解決志向の教科作りが形になっていくのではないか.
そんなこんなで,教科「情報」の未来を創っていく上で何が必要か,みたいなことをうだうだ考えていました.
ということで,24日の全国高等学校情報教育研究大会はとても楽しみです(あれ宣伝?)
私もポスターセッションで(以下略.何言ってるの?何リンク張ってるの?)