コミュニケーション

2学期の授業は「メディアとコミュニケーション」

Posted in コミュニケーション, メディアとの関わり, 情報の伝達, 情報社会に参画する態度 on 12月 21st, 2008 by TASAKI – コメントは受け付けていません。

2学期の情報Aの授業は「メディアとコミュニケーション」で通しました。

何気なくメディアに接している。

「何気なく」に意識をもっていくと、何が見えるのだろうか。

コミュニケーションって、何だろうね。

ネット上の掲示板で伝わりやすい情報、伝わりにくい情報。

情報が伝わるって、何だろうね。

マスメディアが流す情報は、何らかの意図のもとに構成され、編集されているという話。

意図って、何?

ケータイで情報をやりとりするときに、テレビを見るときに活用できるリテラシーを扱ったつもり。

わかりやすい言葉だけを使って多くを語らないよう気をつけたので、しっかりと覚えていてほしいなぁ、と思う。

ダメだけではダメです

Posted in コミュニケーション on 5月 28th, 2008 by TASAKI – コメントは受け付けていません。

読売新聞:「「携帯 V小中学生に持たせないで」…教育再生懇、1次報告」を読んでの感想.

ケータイ禁止.持ちたい場合は通話やGPS機能を備えたものを,ということらしいです.その発想はどうだろう.私は疑問です.

例として,こんな話を.今実際に「ケータイ禁止」を校則にしている学校があります.そのような学校で目にするものは,「あ,ケータイ持ってきてるね,先生が預かるから,放課後取りに来なさい」というような光景.禁止しても生徒はケータイを持つし,親は買い与えるという事実.そして,実際に持っていないはずのケータイで「学校裏サイト」への書き込みが行われていて,書きこみの内容によっては問題ではないか,などと言われるという事実.で,最終的に「情報モラルがどうのこうの」と言われる始末.ちょっと対症療法的も過ぎてなんかおかしい.でも,普通にある話です.

では,ケータイ禁止な学校で「ケータイの使い方,コミュニケーションのあり方」を授業で扱うとしましょう.授業者は,やりにくさを感じます.「みんな,ケータイ使ってるよね」・・・こんな問いかけすらできません.「うん」と言った瞬間,校則違反とも言われかねない微妙な気持ちを生徒はもちかねません.学校側は禁止している手前,携帯電話会社の社員さんにお願いしてケータイの使い方講座を開くなどということこともできません.それとも「学校では使っちゃだめだけど,家庭で使うときには・・・」などという屁理屈を言って開催しますかそうですか.

いかん,話がそれそうになりました.ここで言いたいのはケータイに関しては禁止といっても反発を招くだけだけで,どうせ隠れてこっそり持つだけのことになるんじゃないんでしょうかね,ということです.そして,そうなったら,大人としてはどれだけの青少年がケータイを使っているのかが見えにくくなるだけで,使い方の教育ひとつとっても,かえって手を出しづらくなるのではという心配があります.

ケータイは使っても良い.でも,使うのであれば,使い方はきっちり押さえないとね.フィルタリングなども親子で話し合わないとね.そして,家庭で,学校のHRで,授業で,部活動で.いろいろな場所でいろいろな人がケータイの有効な使い方について考え,それを子に実践させないとね.

そして,最終的にそのような「しつけ」をする自信がなければ,買い与えないのも選択肢としてあってもよいのかな,と.

普段の生活でも,インターネットでも,振る舞いの悪い子はしつけのなってない子です.子どもをしつけるのは大人です.大人がケータイから逃げてはいけません.大人はケータイについて自ら学び,積極的に子どもをしつけましょう.

インターネットの特性を理解しよう

Posted in コミュニケーション, メディアとの関わり on 3月 16th, 2008 by TASAKI – コメントは受け付けていません。

読売新聞を見ると,最近~この1年くらいの連載でも

が掲載されています.連載を企画している人たちはどのような思いで記事を書いているのか,ちょっと興味があるところです.連載記事になるくらいなので,世の中に対して何かしらの危機感を感じているのだろうかと思います.

本校でも「情報」の時間がありますのでこのようなテーマを扱うことがありますが,やはり生徒がきちんと理解するためにはたかだか2単位の高校の情報の時間でどうにかなるというようなことでもない気がしています.

どのようにインターネットを使うのか,という議論は道徳の時間やホームルームそして家庭でもできます.例えば,インターネット上のウェブサイトへ手軽に接続できるケータイ端末を買い与える際には親がきちんと使い方など子どもと議論して料金上の制限やフィルタリングサービスなどを利用するしないを選択するなど子どものケータイ利用をコントロールすることができますし,その機会にインターネットとの付き合い方を話し合うことができます.通信料をバイトして払うから自由に使わせてくれ,はいそうですかわかりました,としてしまっては教育の機会を逃すというものです.

その一方で,たとえば私は情報の担当教員ですので,情報の授業で扱える内容はどのようなものがあるかを考えてみます.

  • インターネットとはどのような特性をもつメディアなのか
  • 最近起こっているさまざまな事件等ではどのような特性が利用されたのか
  • 例えばネットいじめでは,情報はどのような場所で広まり利用されたのか.直接受けるいじめとの違いは何か

など,インターネットの技術的なしくみやメディア特性そしてコミュニケーションの方法から迫ることができるかもしれません.実際,本年度の授業で触れる場面はありました.教科の活動ですので,対症療法的なアプローチではなく,しくみをふまえてネット上で起こっていることの分析や考察ができるように指導したいと思っています.これは今年度は中途半端に終わってしまった部分なので,来年度はしっかりできれば,と思っています.

インターネットはとても便利なメディアです.ですが,親や教師が十分に知識をもって子どもを指導できなければ,インターネット上でトラブルが起こっても「たいへんだ,たいへんだ」としか言えなくなります.

自転車の運転の仕方やお店での買い物の仕方,電車やバスの乗り方や礼儀作法などを子どもに教えるのと同じように,インターネットを自分の便利のために活用できるようになるための知識を親や教師が与えていけば,子どもは自ら考え適切な行動を取ることができるようになるのではないでしょうか.そのきっかけとして上記の連載記事を活用できたらいいのかな,と思いました.

ブログがジャーナリズムを変える

Posted in コミュニケーション, メディアとの関わり, 図書等出版物 on 8月 14th, 2007 by TASAKI – コメントは受け付けていません。

湯川 鶴章 :「ブログがジャーナリズムを変える」(NTT出版,2006年7月)

単純なことである.人々は,「情報」に注目するし,「情報源」に集まるのだ.今日では,ブログの登場によってプロの記者ではない人々も情報を発信するようになり,その意味ではマスメディア側が情報を独占・一方的に提供し,受け取り側が「ほーそうですか」というだけの時代はもう終わってしまったのだ.ただ,インターネット上の情報は,有用なものであれそうでないものであれ「点在」しているのが基本.点在する情報をいかに集め,「情報のハブ」としての価値を高めて多くの注目を集めるか,そこにブログがどう活用されていくのか.マスメディアとの住み分けは?など考える材料が豊富な本である.

インターネットと“世論”形成―間メディア的言説の連鎖と抗争

Posted in コミュニケーション, 図書等出版物 on 8月 14th, 2007 by TASAKI – コメントは受け付けていません。

遠藤 薫 編著:「インターネットと“世論”形成―間メディア的言説の連鎖と抗争」(東京電機大学出版局,2004年11月)

この本は,かなりアカデミックな本である.インターネットにおけるコミュニケーションを,さまざまな観点で考察している.間メディア的なインターネットとマスメディアとの関係は,そしてインターネット上で生まれてくる言説は,どのように整理できるか.2004年に書かれた本ではあるが,この本に書かれていることと,「現在のインターネットにおけるコミュニケーション」へと考えを向けるのも面白いだろう.

リンクは許可を取らねばならないか

Posted in コミュニケーション on 5月 22nd, 2006 by TASAKI – 2 Comments

情報科メモ帳 のURLを紹介するには………でそんな話題が出てたので,反応してみましょう.

結論は,「特に許可を取るのは必須ではないですよねぇ」

普通の図書の世界だって参考文献から引用するときには許可は取ってないですよね(さすがに転載するときには許可を取ってるんだろうけれども).「この本の内容を引用するときには著者にご一報ください」などと書いてある本は見たこと無いです.そんなことでいちいち許可をとることは法律上でも要求してないです.

Webコンテンツの中で他サイトのコンテンツを紹介するときにURIを示したりリンクを張ったりするのは「引用」と同じ事ですし ,よくある「リンク集」というのは要するに参考文献リストですよね.そういう類のものであれば特に許可を必要とはしないのではないかと.

ただし,最近「トラックバック」なる機能がWebに登場し,こちらの意図とは関係なしにWebコンテンツ内にリンクが生成される場合があります.まぁそういうときもトラックバックをかけられたコンテンツの内容とトラックバックの内容とを比較して,関連性があれば許可をして,そうでなければ(トラックバックスパムなんかは代表例)削除すれば良いのだろうと.

それに,

あ,私のコンテンツにリンク張ってもらっちゃった,こっちからも張って「相互リンク」にしよう

と考えるか,

あ,私のエントリにトラックバック打ってもらっちゃった,トラックバック返ししなきゃ

と思うかは,

自由だ~~~~~~~~~~~~

link is Freedom

link is Freedom

・・・おっと,話がそれました.

まぁあれですな,「リンク張るときはご一報を」という根拠って,

  1. 「あんたの記事面白かったからリンク張りましたよ」とか言ってもらえるとうれしい(=自己満)
  2. 意図しないところからのリンクはしてほしくない(=神経質,自己中)
  3. 友達が欲しい(=社交的)

くらいのもんでしょ(=偏見).

うちのサイトへのリンクも特に許可は・・・というか,よく見つけましたね,というべきか,私のような若輩者が作るサイトにリンク張ってくださってありがとうございますというか何というか,でございます.

あと関係ないですけれども,私が作った教材なんぞをwgetでごっそりコピーされる方もいらっしゃいますが,結構焦ります.(あ,持って行かれるんだったら誤字とか修正しとけばよかった・・・)とかたまに思います.でもこれだって,どこかに転載するだとかパクるとかでなければ(そういうことをされるレベルのものであるかどうかはさておきますが),許可を取ることも必要ないですよね.

私は細かいことは言いませんので,リンクを張るのはご自由にどうぞ.私も自由にやります.