ネットいじめ
Posted in 規範意識を高める on 11月 18th, 2007 by TASAKI – 2 Comments新聞を読んで気になる記事でした.学校の中でいじめはなくとも,職場の中でいじめはなくとも,それが「場外」で発生したら,もはや指導する云々の話ではなくなってしまう.当事者を読んで指導,などということができない今,このことについて生徒そして大人をどのように教育しなければならないだろうか.
知らないところで,誹謗中傷されている.ひょっとしたら,今目の前で親しそうに話している人が,陰で中傷しているかもしれない.昔は「陰口」で一部でしか共有されなかった情報が,今はウェブ上で多くの人たちと共有できるようになって「いじめ」に加担する人々を簡単に増やすことができる.
自分が影で中傷されていたことに気づいたときの精神的ダメージは大きい.でも,その大きさは哀しいことに書かれた本人にしかわからない.誰が書いているのかわからないことから,見えない力を感じて恐怖感に襲われる.ひょっとしたら,あの人かも,いや,この人かも・・・考えるだけで眠れなくなるかもしれない.
しかも,ウェブ上に流れた情報は,消したくても自分ではどうにもならないし,いじめに加担している本人でさえ動きが大きくなるほどコントロールできなくなってしまう.
いじめの痕跡も,メイルでいじめている側の携帯電話にいつまでも残すことができるし,掲示板の管理人が対応しなければネット上にいつまでも残り続ける.
いじめの被害者は何度も傷つき,加害者も反省したところで原状回復させることができなければ,「私はいじめをした」という記録を拭い去ることはできない.
攻撃すれば相手は傷つく.携帯電話やパソコンでそれをやれば記録が残る.不特定多数が参加する掲示板で中傷をかきこめば,それは事実上のリンチである.でも実際に殴るわけではないから,相手の痛みを知らずに無制限に攻撃を加えることができる.結果,実際に自殺する人も出ている.「ネットいじめ」とは,どこまでも陰湿にターゲットを攻撃できる,立派な犯罪である.
記事の末尾に,「書かれる側のダメージを理解させる教育を、教師や保護者が早急に行う必要がある」とあるが,まったくその通りである.現実の生活空間においても,ウェブ上で活動していても,人の痛みをどれほどわかってあげられるのか等,「自分は人としてどう生きるのか」を考えることが求められているのだ.